Litterae Universales / melankorb

門があって、入っても構わないようである。観音開きの門扉はあまりきちんと鎖されていなくて、細い鋳鉄製の珊の隙間から鬱蒼とした木立が見える。咎める者もいないまま門扉を押して、木漏れ陽の落ちる小途に足を踏み入れると、空気がひんやりとして、樹木と草花と土のにおいがする。そこここで鳥がさえずっているほかは森閑と人けもなく、一見、潅木の気ままに生い茂る自然の林地のようでもあるけれども、よく見れば枝々は適宜刈り込まれて、下生えの具合にも花々にも手入れが行き届いているのがわかる。そこは天然の森ではなくて、誰かが丹精している庭なのだった。ゆるやかにカーヴする小途はところどころで分岐して、下手をすると戻り道がわからなくなりそうな軽い不安に背中を押されながらつい先へ先へうねうね歩んでいくと、ときどき行き止まりになって、川べりや池端へ出たり、何か碑のようなものの立つ空地へ出たりする。興味をひかれる風景もあれば、今ひとついただけない景観もあるなと、そんなとりとめのない逍遥のうちにやがてつい日が落ちかかるころに、ふとした人に出あって、思いがけない冒険が―というような始まりかたをする小説が、西洋にはときどきあった。

あるいは、中庭でもいい。例えばベルリンなどによくあるロの字型の集合住宅は中央が拭きぬけの中庭で、街路から素通しになっているのが、手前の棟に穿たれた暗い四角いトンネルを透かして、ぽっかりしたLichtung、日よけ地のように萌え立って見えるのについ誘われて足を踏み入れ、さらに中庭を越えた向こうの建物の中へも―そうして階段を上ったり下りたりするうちにやっぱり何か不思議な心躍るできごとに、出あうかと思えば出会わなかったり、意外に日常的な場面に出くわして返って惑乱を覚えたりしながらいつの間にか元の街路へ出ているという、ヘルマン・ブロッホの短編にそういうのがあって、確か題名を『軽い幻滅 Eine leichte Enttäuschung』といったけれど。

私的に管理されていながら、許可なしに誰が入っても構わない庭―そういうものがウェブでは作れる。それは管理人の私有地ではなく、他人の土地を借りているのに近いけれども、その他人も、もともとその土地を所有しているというのでもなく、やはり管理人の一種で、土地自体は所有の対象ではないから、それを借りるのはとても簡単で、他の誰かと所有権や境界を争ったりする必要はないし、隣にたまたまマンションが立ってしまって日当たりや風通しが悪くなることもない。隣に妙なものが建つこと自体は、それはあるだろうけれども―検索するといつも隣接してヒットする記事とか―でもいったん庭の中へ入ってしまえば隣の建物は見えないし、日加減も別に変わらない。誰でも入りたければ入って、見たければ見て、出たいときに出ればいい。入場券を買う必要もない。

植物は生長もすれば枯れもする。花はいつも同じ場所に咲いているとは限らない。鳥や動物が棲みついたかと思えば、いつのまにかまたいなくなったりする。年々歳々、季節ごとに、日々、庭は更新される。そういうことは、紙ではできなかった。

紙の書物はいつも、仮にとても不本意なできばえだったとしても、書物の形になったときにはそういう形をしたひとつの完成形で、それ自体としては二度と更新されない。それはいわばキャプチャされた庭、庭の記録で、庭そのものは、活きている限り常に更新されつづける。庭が完成するとき、それは庭が死ぬとき―管理人がついに管理を放棄するとき以外ではない。

庭師は別に、ひとに見せるために庭を造るのではないけれども、かといって自分のために造るわけでもなく、言うなれば彼の丹精する庭そのもののために彼は丹精を重ねるので、その庭にいつ誰が出入りしても構わないし、入る人がいればそれは居心地のいい思いをしてくれることをも望むけれども、それ以前に庭そのものが、生い茂る樹木や草花や鳥や動物たちが居心地よく生きいきすることのほうが彼にとってははるかに大事で、そういうものが生き生きと息づけるならば訪れる人間も心地よいはずであるというのが庭師には自明の、そうでなくては困る前提であるだろう、なぜなら当の庭師自身がそこに棲み込んでいるので、それは決して、たまさか眺めて楽しむための箱庭ではないのだからだ。庭師が必要とする対話は、彼が丹精する植物や、そこに巣を営む動物たち、そして土と空気とのそれで、訪れる客とのそれではない。

庭師にも先達がいるだろう。肥料の選定や、病枝の処置に窮したときに教えを乞うべき師匠、あるいは亡き師匠に、自ら試行錯誤を重ねるなかで彼は問うのだろう、これでいいのでしょうか、果たして―と、常に、そしてその答えは、目の前の植物の姿そのものから否応なく、また間断なく直接に得ずにはいない。枝の張り、葉叢の輝き、花弁の艶、それらこそが庭師にとっての唯一の褒賞で、その他には何らの言葉も要らない。

2010.3.22 | 再掲 2021.05.27

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